歴史上の支配


支配する側とされる側。

これもまた人の歴史の常です。

人は皆平等というのはあくまで命そのものの価値を認めたいという願望であって
真実ではないと考えます。

むしろ平等でなければならないという固定観念は本来そうでないはずの社会に対し、
歪を生じさせている原因の一つかもしれません。

人は生まれながらに環境も体重も性別も多くの事が違うのですから。

なお、ここに記しているのは私個人の考えであり、
人様の考えを否定するものではございませんのでご容赦下さいませ。





 ■歴史上の支配

かつて1800年前の日本、邪馬台国では女性がトップに君臨していました。

女王卑弥呼です。

この国の始まりは女尊男卑だったのではと思うと胸が高鳴ります。

現代では女性が社会進出を果たし、男性よりも優秀な方がとても多くおられます。

日本ではオリンピックにおいても女性の方が活躍をしています。

ちなみに海外において日本人女性はとても人気があるそうです。

それに引き換え日本人男性の人気はあまりないようです。

どうやらあまり頼りにならないイメージがあるようです。


さて、古くから世界では身分制度が存在します。

それらは最下層の者から頂点に立つ者がピラミッド型に分布しており、
そのバランスが崩れる時は国が揺らぐ時だったのではないかと思います。

言うなれば少数のサディストと多数のマゾヒストという構図です。

有名なものではヒンドゥー教のカースト制度です。

カースト制度は司祭階級の「バラモン」を頂点として
王族・武士階級の「クシャトリア」
農民・商人の庶民階級「バイシャ」
奴隷階級の「シュードラ」の4階級に区別されています。

さらにその下にどの階級にも属することのできない
不可触民「アンタッチャブル」がいます。

この身分制度は絶対で奴隷の子は奴隷になるのです。

ただ驚く事に彼らはみな神々を崇めており、
その崇高な精神には尊敬すらおぼえます。

現在ではこの制度を憲法で禁止していますが、
強く根付いたものを消す事は簡単ではないようです。

日本においても有名なものでは江戸時代の士農工商
えたやひにん(部落)などがあります。

理不尽な制度ではあると思いますが、
それによってバランスがとられてきた事も事実です。

祖父の世代などでは身分制度がなくなった後でも、
やはり色濃く残っていたようで部落の人との結婚を認めない事や、
日常的な嫌がらせなどもあったようです。

その他にも身分制度はやはり世界中に存在していました。

貴族や華族などの上流階級を支える奴隷制はどこの国にもあったのです。

中国においては中華思想というものがあり、それは中国が世界の中心であり
周辺の諸民族を「東夷・北狄・西戎・南蛮」と見なすという俺様な思想でした。

身分制度のないはずの現代の日本でも、
格差社会と言われ貧富の差は確実に存在します。

差別なくして人間社会がなりたつ事はないのだと思います。

人の世はどこまでいっても人の世です。


せめて自分はせっかくMに生まれたのなら、
人様に尽くしていける自分でありたいと思います。

これはSMとしてではなく、仕事や日常生活の中で思う事です。

みんなが幸せならそれが一番ですね。


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■貞操帯の歴史


■歴史上の残酷な女性


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